一見混沌としたこのケーブで、これほど完璧な自然の秩序がありうるのかと不思議でならなかった。
ジョウガサキにはアストロドームという、日当たりの良い他の壁とはまた異なる装いのエリアがある。そこには日本のヤマノイさんがひらいたルートがいくつかクライマーを引き寄せている。
茅ヶ崎山岳会の仲間-休みの度に山に出かけたり、クリスマスは雪とデートしたりする輩-はまともな人間が少ないと感じるのは常日頃のことだが、ありがたいことに数ヶ月に1人くらいのペースで新しい顔が入会してくれる。
2020年12月、毎月茅ヶ崎駅の近くの会館を借りて行われるミーティングにいつもの様に参加すると、私と同じ歳ほどの女の子が来ていた。ある会員の知り合いらしく、会の様子を伺いに見学に来ていて、「マユと言います。アルパインがやりたいです。北岳バットレスに行ってみたいんです。」と控えめな口調で自己紹介をした。たまたま隣に座っていた私は会の進行を邪魔しないようにこそこそと声をかけ、敬語を使うべきか見極めるために「何年生まれですか?」と尋ねた。「1995年です。」とまた控えめに答え、私たちは同い年であることがわかった。アルパインをやりたいという同い年の女の子に私は興味を示した。
スマイリーこと、シュン・オカダと初めて会ったのは2022年のことだった。当時は彼がお酒が飲めるようになったばかりの年齢で、山岳会のパーティーでは歳上ばかりで萎縮してしまうのではないかと心配していたが、奇妙な笑い方はニックネームのそのとおりで、私が思っているよりもずっと軽快にその場を楽しんでいた。あっけらかんにはしゃぐ彼の自信ーかわいげのあるうぬぼれというかーと鋭いウィットで私はその夜笑い続けていた。
カナガワも冷え込む頃になるといつものように仲間たちは冬支度を始めた。八ヶ岳などでの山の計画が予定され、その月の集会ではもっぱら山行の話-アイスギャラリーで震えと闘うクライミング、ニューイヤーのアルプスの縦走-など、短くて美しい冬の予定について盛んにアイデアが交わされた。
一方で私はというと、雪山とは真反対のマリオネットのようなルートからの呼び声を強く感じていた。
2024年12月のある週末、私はマユとスマイリーとシズオカにあるジョウガサキに来た。冬でも穏やかで暖かい気候は、トライの緊張をほぐすもので、このルートにある試練は想像がつかずにいた。このアストロドームと呼ばれるエリアには、壁を見上げると「操り人形」の意「マリオネット」というルートがある。
今の頃、山に引き込まれている仲間たちは魔法瓶に入ったお湯もすぐに冷めてしまう様な寒さに身を投じているだろう。海辺の岩場はそんな気温とは程遠く、マリオネットを試すにはうってつけの日和だった。
私はまずは壁を眺めた。必要なギアは結局のところ登ってみないと分からないことではあるが、ある程度のあたりをつけるため、もっとも成功率の高い賭けは何かを考えた。
ところが、イメージの中の私の身体はヒトデのように岩に張りついて、身動きが取れない。岩場でベストを尽くすにはこの嫌なイメージを無にしなければならないのだ。それはクライミングの中では重要な要素であることを私はこれまでに数えきれない程経験してきた。
そういったセンチメンタルなオブザベーションに対して、私にはとっておきの対策があった。それはもっとも、自分の背丈や女性であることがネックになりそうだと感じてしまうとき、クライミングを真の平等主義の活動だと信じることだった。つまり、岩の前ではみんな平等だということだ。実際、クライミングの美は各人が自由に振り付けして岩に挑む点にある。
ラインは2つのルーフをなぞるように繋がり、頭のほうに進むと海に飛び出そうになった。立体的なムーブで進むべき方向が分からなくなるからだ。登りながらふいに海岸が目に入る。ゴロゴロと波の干渉で丸くなった海岸の岩っころがアストロドームに浮かぶ惑星のように見え、くり抜けたケーブの空間に開放された海から光が差し込み、爽快な気分にさせた。
頭上には私のフィストサイズのクラックが走り、ハングから抜け口へと続く。ハングにロープが擦れてしまわない様に、ルーフクラックのプロテクションに長いスリングを付け足した。
方向感覚ははちゃめちゃだが、重力と反対に向かって、身体を背中と足裏で突っ張るようにして進めた。右手でクラックの中にるヒレのような突起を掴み、両足を腰の高さまであげた。左手は正面に挟まっている大きな岩の塊の反対側にある遠い隙間まで手を伸ばす。そしてまたひとつプロテクションをとった。
もう準備はできてるはずだ。
両腕はずきずき痛み、脚はぐらぐらし、頭はカッカとなった。やがてなんとか恐怖がおざると“やるしかない“と小さな声が出た。
身体のあらゆる部位をコントロールし、同時に墜落の恐怖を心から締め出そうとすることで興味深い結果が生まれた。
つまりすべてを意識しつつ、同時に何物も意識しないという感覚をあじわったのだ。「すべて」というのは壁面のシワの1本も、クラックの幅や色までも鮮明におぼえているから、そして「何物も意識しない」というのは、ムーブに没頭していたので時間の感覚も重力あるいは肉体の感覚もなかったという意味である。自分の息遣いが聞こえるのみだった。
この壁が与える洗礼に、マユとスマイリーの声援はこの時の私の耳には届かない。
Monica Yoshitake
都内勤務のOLクライマー。ウォールと社会の繋がりに還元するため、毎週末壁との対峙を待ち侘びる。日々の暮らしの中にある、登る真理について執筆が通勤列車でのお気に入りの過ごし方になってきている。炭酸泉の温泉が好み。
Mayu ISHIKAWA
写真家。山と人の関わり方をテーマに写真作品を制作している。中判フィルムカメラのPENTAX67を山に持って行く。展示歴「悠久の山を登る彼ら」2023年東京藝術大学大学美術館。「かつて海だったここは、」2024年BALLOON STUDIO SHIBUYAなど。普段は会社員デザイナーで、休日の山を楽しみに生きている。
Instagram: @mayu__ishikawa
スマイリー・岡田
大学院生として生活する傍ら、岩と呼吸する事に喜びを感じ、毎週のように岩山と戯れている。
壁と対峙する事…即ち自分の精神と対峙する事。自然と対等に向き合う事を目指し、彫刻作品を制作している。
私にとって岩の無い人生は「カレーの無いカレーうどん」である。
あとがき:
引用させていただいたのはリン・ヒル「クライミング・フリー: 伝説を創る驚異の女性クライマー 」だ。このブログが面白かったというのならそれは文章をまるパクりさせてもらっているこの本のおかげであるし、つまらなかったのならそれは私の下手くそな引用方法であり、決してこの本のクオリティを疑わないでいただきたい。この本はクライミングにおける激動(クライマー以外には何の激動でもないが)の時代展開が描かれ、リンの生き方や壁との向き合い方が赤裸々に語られており、とても興味深い内容だ。リンの文章を使うのなら、写真を撮るルートはクラックである方がいいなと選んだが、リンっぽくないヘルメットを被っているトライの写真にはいささかの後悔を感じている。彼女ほどのレベルに届くことはないどろうが、彼女のようなメンタルには無論追随したいと思うばかりである。
いやーいい本に出会いました!
フォト山行は元々わたしに山を教えてくれた茅ヶ崎OBのKと始めたものでした。数時間ビレイに付き合ってくれたスマイリー、素敵な写真をとってくれたマユに感謝しかないです。

コメント