2022.3.13-14 アイガー北壁 The 1938 Route(Heckmair Route)

山行報告

天候:晴れ→吹雪→曇り  

参加:穴井(投稿)、T石(会員外)

コースタイム
3/13 9:00 Eigergletcher駅 10:00 取り付き 14:00 Difficult Crack 16:00Hinterstoisser Traverse 22:30 Death Bivvy
3/14 6:00 Death Bivvy 8:00 The Ramp 14:00Brittle Ledges 16:00 Traverse of the Gods 17:30 The White Spider 22:30 Exit Chimneys 3:30 頂上稜線 4:30 アイガー山頂 13:00 Eigergletcher駅

Eigergletcher駅からトラバースし北壁の取り付きへ向かう
The 1938 Route 1800m ED2

茅ヶ崎山岳会@関西支部の穴井です。
少し遅くなってしまったが、ようやく関西の空気に慣れてきたので3月のスイス・フランス遠征の記録をあげておきます。今回のパートナーは昨年の3月に滝谷をご一緒したT石さん。
コロナ禍の真っ只中、海外にも早く行きたいですねと話をしていたのだが、昨秋から連絡を取り合い、ちょうど1年後に実現することになった。
T石さんは1日前乗りし3週間ほどシャモニーに滞在するとのこと。自分は仕事の昇進試験を控え、異動内示の雰囲気も差し迫ったサラリーマンクライマーとしては10日間の休みが限界でヨーロッパアルプスはアプローチを含めてうってつけだった。山を始めて6年ほど、決してクライミングに打ち込めた訳ではないが、細々とアルパインを続けてきた自分としては神奈川を離れることになるかもしれない今春を前に良い区切りになるかと思い、今回の誘いには二つ返事で首を縦に振ったのだった。

書き始めるとそれだけで前日譚が出来上がってしまうのだが、今回のベースとなるシャモニーに向かう為のジュネーブ行きの経由フライトが急遽欠航になり、イスタンブールに取り残された自分は、慌てて航空券を取り直し、ハンガリー、ドイツを経由してスイスのチューリッヒへ向かい、グリンデルワルトの手前の街、インターラーケンで直接T石さんと落ち合うことになった。乗り継ぎの猶予は限られており、フランクフルトではターミナルの端から端まで2km近くを猛ダッシュ、スイス鉄道の終電では閉まりかけるドアをこじ開けながら、何とかインターラーケンへ辿りついた時には時刻は3月13日の1時半を回っていた。30時間近い移動でフラフラではあったが、天気予報は翌日から2日間の好天を示していて、その後は荒れる様子。準備万端のT石さんにそそのかされて、翌日から登攀することになった。
少しの睡眠を経て5時に起床。電車を乗り継いでEigergletcher駅へ向かう。途中、ロープウェイが開いていなく、登山電車で上がったりして、駅に着いたときには9時を過ぎていた。

駅からトラバースを少しこなすと、程なくして北壁が目を入ってくる。やはり壁が大きくて海外に来たことを実感する。壁はかなりドライなコンディションのようで、雪がついていないように思われた。今回、トポはRockfaxを参考にした。装備は二人とも20リッターザックで軽量化を意識してカムは3番まで1セットとした。二人でラインとトポを見比べて写真を撮ったらまずは下部の雪壁をこなすべく取り付く。しばらくはノーロープで緩傾斜の雪壁をぐいぐい登る。

人気ルートだがこの日は貸切なようで天気も良く快適であった。時折、踏み跡が消えるが2時間ほど雪壁やⅡ級程度の岩場を右に左に超えていくと、右手に岩壁の中を走る登山鉄道から壁に出れる扉がついたStollenlochが見えたあたりで最初の核心、Difficult crackに当たる。トポにはスコティッシュグレードでⅥ級とある。T石さんがリードを申し出てくれ、順調に離陸していったが、ちょうど見えなくなる辺りでテンションのコール。どうやらフレアしていて悪いらしい。しばらくして続くとなるほど悪かった。クラシックルートでもこんなに悪いんだという印象と同時にこの壁を2時間もかからず駆け上る先鋭のクライマーってとてもじゃないなという衝撃を受けた。雪が詰まっていればまた随分違うと思われる。

Difficult crackをフォローで登る

Difficult crackを抜けるとルートは赤い網様をした垂壁に阻まれながら壁の下を左にトラバースしていく。1時間ほどであの有名なHinterstoisser Traverseに出る。噂のFIXロープはどれかとまじまじと見てみるとボロボロに擦れていて芯が飛び出していて驚いた。ヨーロッパのクライマーって残置の強度に気を使っている印象があったが、アルパインルートにおいては別なのであろうか。トラバースはツルツルのスラブでフリーではどうにもならない様子。T石さんが恐る恐るもFIXロープにぶら下がりながら先に延ばしてくれて、後に続いた。

Hinterstoisser TraverseをFIXを頼りに登る。背景にはアルプスの山並みが良く映える

トラバースを終えると再び、ルートは右上気味に雪壁を伸ばしていく。コンテで2ピッチほど上がるとThe Ice Hoseという50mほどのアイスが出てきた。Ⅳ級からⅤ級に満たない程度だがスカ氷に加え、上部はベルクラでスクリューがまともに打てない。今回の為に新調したぺツルのレーザースピードとBDの10cmはガリガリと岩を削りながら短くなっていく。The Ice Hoseを抜けるころには夕方を回り、稜線に日が落ちようとしていた。
 一度、休憩入れて2nd Icefieldと呼ばれる雪壁をひたすらに左上トラバースしていくが、この辺りから単調な登りが続き、寝不足も相まって流石疲れてきた。また雪が途切れている箇所もあり時間を要した。一泊二日の計画だったのであわよくばBrittle Ledgesまで稼げないかと甘くみていたが、やはり壁が大きい。すっかり日が暮れ始めたころにDeath Bivvy手前のチムニー基部まで辿りつく。5.7程度のチムニーが30mほど続きこれを登って、更に1時間ほど雪壁を左上すると22時前にようやくDeath Bivvyに到着。壁の基部に3畳ほど縦にスペースがあり、快適であったが転がり落ちないようにハーネスを履いたままロープをFIXして寝ることにした。

モンベルの半身3番シュラフを被ってのオープンビバーク。眼下にはグリンデルワルトの街明かりが綺麗に輝いている。昨晩の今頃はチューリッヒ空港の改札口を105Lザックにスーツケースを抱えて猛ダッシュしていたかと思うと感慨深かった。翌日は6時に登攀再開することとしてシュラフに潜りこんだ頃には0時を回っていた。夜半は風が強く寒くなったのでツェルトを被って凌いだ。

眼下にはグリンデルワルトの夜景

翌日は5時に起床。風に叩かれたがそれなりには眠れた。
そそくさと朝食を済ませて出発した。始めに3rd Icefieldを小一時間ほどトラバース。時折、ベルクラのクライムダウンや、いやらしいトラバースがあり何気に時間を使った。

左に回り込んでいくとThe Rampが顕著な凹角となって現れる。如何にも弱点という感じで楽しかった。4~5ピッチほど凹角をチムニー登りなどで抜けた。途中、左に誘惑されそうな二股があり、トポだと左と記載があったが明らかに悪そうだったので右から抜ける。The Rampにはアイスチムニーがあると記述があったが壁はドライでよく分からなかった。

Brittle Ledgesのバンドをトラバース

The Rampを抜けると左奥に向かって空間が広がっているが、ルートは再び北壁の中央に向かって大きく右にトラバースしていく。途中、氷が露出しているピッチを3ピッチほど進むと右にボロボロのBrittle Ledgesと呼ばれるバンドが出てくる。浮石を落とさないようにバンドをトラバースしていくと小さなビバーク地点があり、その先にはBrittle crackというクラックがあった。30mほどのカンテ脇にハンドサイズのクラックが伸びており、リードをさせてもらう。出だしが被っているがあとは快適であった。カンテの上に出てさらに20mほど伸ばしたところでビレイ。風が強くって全然コールが届かない。

奥のカンテ脇にBrittle crackが伸びる

Brittle crackを抜けるとルートは更に右に伸びていく。ちょうど穴を掘ったようなTOTGと呼ばれるビバークポイントがあり、傾斜が緩いので一度ロープを畳んで休憩したが時計を見ると既に12時を回っていた。この調子だと日中にトップアウトできるかも怪しいし、ヘッデン覚悟かなと思っているとT石さんが天気予報を確認している。どうやら翌日早くから荒れるとのこと。尚更、急いで登らねばということになり、この辺りから少し焦燥感を感じた。
荷物を仕舞い、右トラバースを続けていくとThe Traverse of the Godsに当たる。これがあの有名な神々のやつかとテンションが上がった。時折、ダウンクライムも交えつつ高度感が抜群だった。雪は付いていて問題無くT石さんリード。

トラバースを終えるとThe White Spiderと呼ばれる雪壁から氷セクションが続く。3ピッチほどⅢ級アイスのようなセクションが続き、この辺から疲れが出てきてた。

氷セクションを終えてひと段落。時計を見るともう17時前だ。あとどれくらいピッチ数あるのだろうかと話ながら、段々と日が落ちていく中、最後の核心であるExit Chimneysに続くガリーを詰めていく。しかしここからが本当の核心で長い夜の始まりに過ぎなかった。
The White Spiderから数ピッチ登ったところで右のガリーに入っていかないといけなかったようだが、左のガリーを詰めてしまい行き詰まる。途中で拾ったカラビナを残置して1ピッチ懸垂。その後も中途半端に詰め上がった地点から右のガリーに復帰しようと悪いスラブで四苦八苦してしまった。
夜の帳にすっかり包まれながら暗いガリーをロープを伸ばしていくとQuartz Crackというセクションに当たる。クラックからスラブまで3ピッチほどのセクションを奮闘的なクライミングで登っていく。途中、際どいスラブが出てきて、足元はスカ雪でどうしても上のホールドに届かず、リードを入れ替わったりしながら登った。この辺りは氷が張っていればまた違うのかもしれないが、今回のコンディションでは核心セクションであった。

Quartz Crack上部セクション。岩が露出していてホールドが乏しい

途中、一ピッチの懸垂を経て、Exit Chimneysに取り掛かるころには22時を回っており、風も出てきて雪が舞い始めた。この辺でT石さんにも疲れの色が見え始めたようだったたのでこの先のリードをさせてもらうことにした。おそらくあと3ピッチくらいで稜線かなと思いながらチムニーを登ったが、考えが甘かったようだった。脆いガレを交えながらチムニーを抜けると、60mスケールでまだ4ピッチほどのアイスが続いていたのだ。いよいよ風が強くなり雪が舞う中で延々とロープを伸ばすがふくらはぎが辛くて進みが遅くなっていく。視界が効かず、延々と同じ傾斜のアイスが続き頭がボーっとしてくる。一体いつ稜線に着くのだろうかと不安になる中、3時前にようやくトップアウト。風が強くて飛ばされそうなナイフリッジでしっかりと握手を交わすと元気がみなぎってくるのを実感できた。

ちょうど肩にあたる部分に抜けたようで、一旦下りを交えてながら際どいナイフリッジを進むと頂上には4時過ぎ頃に着くことができた。写真を撮り終えたら、急いで下降ポイントを探しにかかるが、思ったよりも切れていて、吹雪もあり下降点が見つからない。困ったもんだなと思いながらも、もうすぐ朝だから明るくなるまで待ってみますかと、贅沢に頂上でお座りビバークを決め込む。
稜線上は風が強かった為、風下側の急斜面をバイルで掘って座り込む。疲れも相まってあまりにも眠いのでツェルトを被ってガスを焚きながらウトウトした。
7時前にツェルトを捲るとガスが出て、更に視界が悪化していたが、明るくなったおかげで何とか下降点を見出すことができた。始めは強風に叩かれながら、西稜を気持ち北壁側にクライムダウンしていくと傾斜が落ちてきてペンキが続いている。稜通しは相変わらず風が強いのでトポ通りに西面のルンゼに入り、あとはひらすらにつぼ足で下降していった。
遥か下に駅が見えてくるとようやく安全圏に入り一安心。途中、傾斜の緩い氷河があったりしてアイスボルダーで遊んだりしながら下山。昼過ぎにはEigergletcher駅に戻ることができた。

帰りにロープウェーから北壁を見上げると随分と雪を被ってしまっていて、様変わりしていたようだった。無理して取り付いてよかったかなと計画を柔軟に変更してもらったT石さんに感謝。グリンデルワルト駅のスーパーで買ったチーズサンドイッチが心底、美味しく感じられた。












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